40代サラリーマンの日記

わたくし、40代のサラリーマンの日常を書いています。

海外マンションの投資は怖い マレーシア編

 

知り合いがマレーシアで、建設工事に関わる仕事をしています。

現地の建設会社に日本の業者を斡旋したり、

技術提携の話をまとめたりするのがメインの仕事なのだそうですが、

その知り合いTさんから聞いた話です。

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見知らぬ日本語看板

 

Tさんが建設現場に行くと、

日本語の建設看板のようなものが設置されていたそうです。

聞いたこともない日本企業の名前が並び、

建築主や施工会社が日本企業として書かれています。

しかしその現場はマレーシアの業者がマレーシアの業者に依頼して

建設している建物で、日本企業は関係ありません。

 

 

Tさんが建設現場の人に聞くと、日本人が看板を立てさせてくれというので立てさせた
そうで、3日間立てて置くだけで良いとのことで、どうもお金ももらっているようです。Tさんは様子を見ることにしました。日本人ツアー客がやってくる

しばらくすると、日本人がぞろぞろと建設現場の前にやってきて見学しはじめました。
建設現場と言っても建物はまだ立っておらず、土地の測量などを始めたばかりです。
日本人が案内し、あれこれ説明しているのですが、
どうも自分たちがマンションを建てていると話していたようです。

 

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私はTさんに「嘘の説明を黙って見てたのか?」と尋ねると、
この手のことをする人には暴力団関係者もいるので、
下手に声を掛けたりするのは危険だから黙って見ていたのだそうです。


何をやっていたのか?

何か怪しげなことに巻き込まれないかと不安になったTさんは、
マレーシアの知人に質問して回ったそうです。
すると日本人が行っている不動産詐欺ではないか?という話になりました。

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海外不動産投資は利益率が高いと、日本では投資セミナーがあちこちで開かれていますが、この中には詐欺も含まれています。日本でセミナーを開いて現地を案内し、建設中の建物を見せて契約をとるのです。もちろん、建設中のマンションは他所の物件ですからお金を払ってもマンションが手に入ることはありません。
お金を受け取った業者は姿を消してしまい、被害者は泣き寝入りになるのです。
もちろんこれが全てではないだろうが
こんな悪徳業者ばかりではないと思いますが、
この手の詐欺があることも気にしておくべきだと思います。
そもそも住んだこともない土地に不動産を買うのですから、
リスクが高いことは承知しておくべきだと思います。
以前にも書きましたが、すぐに見に行ける所でもないのに不動産を買うのは危険です。
ましてや事情がわからない海外に不動産を買うというのは、高いリスクが伴います。
何かあった時に、現地の人と電話でやり取りすらできないで海外に不動産を持つのは、
止めた方がいいと思いますよ。

 

 

 

 

 

 

作業着のワークマンはアパレルの巨人になれるのか

建設作業員御用達のワークマンが、じわじわとアパレルに進出しています。前年比を超える売り上げを更新し、アパレルメーカーとしての存在感を年々強めています。本業が低迷したため異分野に進出する会社は多いですが、ワークマンの場合は市場から求められてアパレルに進出したのが特徴です。



ネットで話題になった防寒具

以前からバイク便のライダーには、ワークマンの防寒具や雨具を使う人がかなりの割合でいました。仕事着と割り切り、安価なものを求めた結果です。ワークマンは防寒や防雨に対して高い性能を持ちつつ、値段が安いのが特徴でした。2ちゃんねる のバイク板では、ワークマンのウェアがたびたび話題になっていました。

※ワークマンのイージスはバイク乗りの間で話題になりました。


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2015年頃に、バイク乗りの間でワークマンの防寒具が注目されました。現在も売れ筋のイージスは上下セットで6800円の安さです。バイク用の防寒具なら数万円はするので、破壊的な安さでした。夜間作業用の防寒具には、反射板や蛍光色が多用されて目立ちやすくなっています。バイク乗りにはこれも好都合でした。


※某社のバイク用ジャケット。高機能ですがジャケットだけで3万円近くします。



あちこちの店舗で売り切れが続出し、ワークマン本部はバイク用の商品も作り始めました。そしてこの評判は、釣りを趣味にする人達に波及していきます。雨や寒さから身を守る人達が、安価な製品を求めてワークマンに集まりました。

ワークマンの強み:低価格

とにかく安いことです。建設作業員は汗をかくので1日に何回も着替えるため、まとめ買いをします。さらに汚れたり破れたりすることも多いため、数ヶ月で新しいものを購入します。ユニクロなどの製品に比べると買い替えサイクルが早く、しかも大量購入する個人顧客が多くいるのです。そのためワークマンは1商品10万着というとんでもない量の生産を行っていて、アパレルメーカーでは考えられない量産が低価格を実現しています。



さらに店舗の従業員が少ないのも特徴です。買いに来るのはプロの作業員なので、何が欲しいかわかっているので接客はさほど必要ありません。また顧客の特徴として、現場が始まる前の朝7時から7時半くらいに、作業員を乗せた乗り合いの車で買いにくるケースが多いのです。新人は先輩に連れられ「これ買っとけ」と言われるまま買うことも多く、接客の人件費がアパレル店に比べて低くなっています。

※100円にしては驚く品質の手袋


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ワークマンの強み:高機能

建設現場では肉体労働か続きます。暑かろうが寒かろうが雨が降ろうが、仕事を終えなければ給料が出ないため、過酷な天候でも働き続けなければなりません。そのため、汗が早く乾くシャツや防寒性に優れたものは、口コミで現場内にすぐに広がります。

※建設現場で人気の透湿レインスーツSTRETCH


安価で優れたものを求める要求基準は高く、悪い噂もすぐに広がります。ワークマンはこれら現場の声を元に商品開発を進めてきました。例えば筋肉を引き締める素材が疲れを軽減することは知られていますが、それらも作業員は効果がないと思ったら、すぐに買わなくなります。逆に少し高くとも効果があると思ったら、すぐに口コミが広がるのです。

ワークマンはコストパフォーマンスの要求が厳しい環境で、長年実績を積んできました。最高の機能ではなくとも、値段に見合った性能を出すことはワークマンにとって至上命題だったのです。

アパレルに向いているか?

以前はデザインは二の次で、機能性を最重視してきたワークマンですが、ここ10年ほどの間にデザイン性にも力をいれてきました。若い作業員へのアピールに加え、建設作業員の休日の私服も考えるようになったからです。作業着を買いに来てくれた顧客に、休日の服も売るのは当然の流れです。ましてや着心地が良いと思っている服なら、休日だって着たいはずです。



こうしてワークマンは作業用の服だけでなく、以前から普段着も作っていたのです。そうしたデザイン性がバイク乗りや釣りが趣味の人の目にとまり、ネットで安価で高機能だと話題になって爆発的に売れ出しました。

ライバルはどこか?

恐らくユニクロしまむらがライバルになるでしょう。一般的なカジュアルブランドのユニクロとは異なり、ワークマンは特定の趣味を持つ人たちに高い支持を得ているので棲み分けも可能かもしれません。それにユニクロの背中を追うだけではないかもしれません。

※妊婦の間で評判の滑らない厨房用シューズ


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現在はバイク乗りと釣り人がワークマンを支持していますが、サバイバルゲームが趣味の人、ガーデニングが趣味の人にも広がりつつあり、さらに厨房用の滑りにくいシューズがブログで紹介されると妊婦の間で人気になっています。またサーファーがワークマンで地下足袋を買い求めるなど、ワークマン本部も予想外の展開を見せつつあります。そのため、今後は予想もしない企業がライバルになる可能性もあります。

※アウトドアでは確実に人気を広げています。

 

まとめ

ワークマンがどこまでアパレルで成功するかは未知数です。現在の接客をほとんどしない店舗に違和感を覚える客層もいるでしょうし、フランチャイズ店舗も作業員以外の人の来店に戸惑いがあるようです。今後どのような展開になるかはわかりませんが、ワークマンの動向には注視したいと思います。アパレルに思わぬ波風を起こすかもしれません。




未来を知りたければSFを見よう /鉄腕アトムや攻殻機動隊が揺るがす未来

かつて報道番組「ニュースステーション」で、東大に合格した男子学生が「将来の夢はガンダムを作ることです」と答えたのを受けて、久米宏氏は「最近の男子学生はレベルが下がっている」と嘆きました。残念ながら、久米宏氏は科学技術の発展にSFが与えた影響をご存じなかったようです。



ジョージ・ルーカスの主張

映画「スターウォーズ」の制作者として知られるジョージ・ルーカスは、SFこそ人類にとって最も重要なジャンルの1つなのに、それを理解している人が少ないと嘆いていました。ルーカスは問いかけます。「アポロ11号の乗組員の宇宙服が、なぜ映画『月世界制服』に出てきた宇宙服にそっくりだったのだろうか?」

ジョージ・ルーカス


「月世界制服」は1950年のアメリカ映画で、月ロケットを開発した物理学者とその仲間が、月を冒険する物語です。ルーカスはアポロ11号の宇宙服が「月世界制服」とそっくりだった理由を2つ挙げています。

※映画「月世界制服」


1.「月世界制服」のスタッフが、当時の最新の科学技術を研究して、宇宙服のデザインをしたから。
2.「月世界制服」を見て感動した子供達が、NASAに就職してアポロ計画に携わったから。

ルーカスは、優れたSFは感動を与えて現実世界に強い影響を与えると言います。SFは未来をデザインし、科学技術の向かう先を変える力さえあるというわけです。

二足歩行ロボットへのこだわり

日本ではホンダのアシモに限らず、二足歩行ロボットの開発が多く見られます。アメリカは四足歩行も研究していますが、日本では「アトムを作ろう」という掛け声のもと、二足歩行ロボットに夢を託す技術者が多くいるのです。漫画「鉄腕アトム」の影響は、ロボット工学に及んでいます。

※こちらは「エイリアン2」のクレーンロボットの影響も感じます。


かつてのソニーのヒット商品「アイボ」も、当初は「アトムを作ろう」という企画でした。しかし二足歩行は時期尚早とされ、まずは四足歩行となったのです。二足歩行は絶えずバランスを取り続けなければならず、不安定で歩く動作が複雑すぎるという問題があります。しかしそれでも二足歩行を諦めないのは、アトムを見て育った世代から「機動戦士ガンダム」を見て育った世代にロボットの研究が引き継がれているからです。

ソニーのアイボ


久米宏氏は「ガンダムを作るのが夢」と語る学生に失望していましたが、未来を作るのは子供のような無邪気さを持ち続け、少年のような夢を抱いたまま研究に没頭する科学者や技術者なのです。


攻殻機動隊が兵器を変える

攻殻機動隊」のコミックが発売されたのは1991年で、ほとんどの人がインターネットを知らない時代でした。そんな時代に脳を直接インターネットに接続し、ハッキングの応酬が繰り広げられる物語は、あまりに前衛的でした。


脳を直接インターネットにつないで、web上のアーカイブを自分の記憶のように使う研究も進んでいますが、攻殻機動隊の技術の中で最も研究が進んでいるのは光学迷彩でしょう。マントのようなものを被った草薙素子が、ビルから落下しながら周囲の景色に溶け込むように消えていくシークエンスは、あちこちで引用されました。

光学迷彩を使う草薙素子


現在は有機ELパネルを設置した戦車が、周囲の景色を映し出して景色に溶け込む実験が行われています。また光を屈折させて、透明になったかのように見えるマントも度々発表され、アメリカのメディアでも攻殻機動隊の影響が語られています。すでにいくつかの軍事企業は、この革新的なカモフラージュ技術に莫大な投資をしていると言われます。ステルス技術の次は光学迷彩だというのは、今や当然のことのように語られているのです。

※こちらは消えるベンツの実験

 

まとめ

ジョージ・ルーカスは「私を始めて宇宙に連れて行ったのはキューブリックだった」と語り、アポロ11号からの宇宙の様子が、前年に公開された映画「2001年宇宙の旅」にそっくりだったために子供心に興奮したことを語っています。こういった興奮が未来を作り、進歩の道筋に影響を与えます。

今まさに最先端の分野で研究をしている人達が、強い影響を受けたSFを知れば未来の一端を垣間見ることができます。火星にチャンバラを持ち込むのがSFというわけではありませんし、子供の妄想でもありません。今そこにある未来は、すでにSFに描かれた未来なのです。

60年以上続いた音楽バブルの終焉 /なぜ音楽は売れなくなったのか

CDが売れないと2000年頃から言われ出し、今では全盛期からは考えられないほど市場が縮小しています。日本国内では98年に音楽ソフトの売上は6000億円でしたが、2014年には3000億円を切っています。12インチCDに限って言えば、2017年の生産枚数は100万枚を超える程度しかありません。驚くべき衰退です。

これを嘆く声が多いのですが、60年間も音楽産業はバブル景気に湧いていただけで、そのバブルが弾けただけのようにも思えます。
 

1950年代のアメリカ

まだ全米ヒットという言葉がなく、売れる曲は地方によって異なりました。ミュージシャンで生計を立てるのは困難で、幸運にも毎晩クラブで演奏することができるミュージシャンなどを除けば、音楽だけで食べていくのは難しかったのです。
※アメリカ南部ではエルビスのレコードが焼かれるなどの反対運動が起こりました。
 
エルビス・プレスリーの登場で全米ヒットという言葉が生まれ、西海岸でも東海岸でも同時に売れるようになりました。音楽だけで食べていくだけでなく、贅沢な暮らしができるミュージシャンが生まれたのです。
 

1960年代のイギリス

ビートルズが世界的なヒットとなり、国家間をまたいで人気を得るミュージシャンが登場しました。この熱狂の中、ドラムのリンゴ・スターは将来の夢を尋ねられて「音楽で金を貯めて床屋をやること」と語っています。音楽で一生食べて行くことは、まだまだ現実的ではなかったのです。
※アメリカ市場を席巻したイギリスのビートルズ
 
ビートルズに続いてストーンズザ・フーなどが続きますが、彼らはアメリカ市場での成功によって多くの収入を得られるようになりました。そして60年代には、それまでのシングルレコードではなく、単価の高いアルバムレコードをいかにして売るかに力が入れられます。こうしてコンセプトアルバムなどが考案されていきます。
※破滅的なバンドですが、質の高いコンセプトアルバムを出しているザ・フー
 

1970年代の音楽市場

ビートルズによって定着したワールドツアーに、続々と多くのミュージシャンが参入してきました。ミュージシャンはブランド化に力を入れ、ビートルズのリンゴマークやストーンズのベロ出しマークはルイ・ヴィトンモノグラム同様に厳しく管理されます。
エアロスミスのコンサートはスタジアムで行われました。
一方でキッスは自らの似顔絵をさまざまな商品に貼って売り出し、一大産業にしていきます。コンサートのステージは演劇の舞台のように凝ったものになり、単に音楽を聴く場ではなくアミューズメント化が進みます。
※キッスのコンサートは演劇のようでもありました。
 
この頃にはトップのミュージシャンの収入は天文学的なものになり、音楽だけで一般人には考えられないほど贅沢な暮らしができるようになりました。
 

1980年代のアメリカ

MTVの登場により、音楽はテレビという新しい市場を開拓しました。演奏も歌もルックスも今ひとつでも、プロモーションビデオが良ければ、それなりに売れるという時代が始まりました。
※MTVは音楽の売れ方を変えました。
 
マイケル・ジャクソンの「スリラー」は、周到なマーケティングの成果もあって3000万枚以上も売れます。1曲当てれば、一生働かなくても良いお金を手にすることが可能になりました。
マイケル・ジャクソンの「スリラー」
 
さらに80年代はライブエイドで衛星同時中継も可能になり、あらゆる国にコンサートをリアルタイムで届けることができるようになりました。音楽市場は広がり続け、巨額のお金が右から左に簡単に動く世界になりました。
 

なぜ売れなくなったのか

インターネットによる違法コピーの大量配布が最初に挙げられます。ナップスター全盛期にメタリカなどは深刻な売上ダメージを受けたと主張しています。しかし同じくナップスター全盛期に1億回以上ダウンロードされたと言われるブルース・スプリングスティーンは新譜も大ヒットしています。ここに所有したい音楽と消費する音楽の違いを指摘する声もあります。
ナップスターを訴えたメタリカのメンバー
 
また80年代まで(日本では90年代まで)のCDのセールスは、レコードからの買い替え需要に支えられていたという意見もあります。1980年に解散したレッド・ツェッペリンのアルバムは、90年代に入ってからも年間30万枚以上売れていました。これは90年代になってからようやくツェッペリンの音源はCD化されたので、レコードからCDに買い換える人たちが売上を押し上げていたというのです。この買い替え需要は、ある程度の期間で終焉を迎えます。
※解散後も驚異的なセールスを誇ったレッド・ツェッペリン
そしてネットにより大量の情報が溢れるようになると、大手メディアが大量宣伝してもその情報量は限定的なものになってしまいました。iTunesストアに始まり現在のネットラジオは宣伝されないマイナーな音楽も掘り起こしました。イズラエル・カマカヴィオレのようなハワイでしか知られなかったミュージシャンが急に脚光を浴び、レコード会社に「コンサートはいつどこで行われるのか?」と質問が殺到して対応に苦慮したと言います。イズはとっくに亡くなっていたからです。
※ハワイの巨漢シンガー、イズラエル
 

冷静になって考えてみよう

音楽を演奏する、または歌を一曲歌うだけで、一生食うに困らないお金を手にするというのは異常だと思いませんか?もちろん優れたミュージシャンが高い演奏料を得るのは当然です。しかしその額が膨れ上がりすぎたのも明らかだと思うのです。わずか1曲で手にする金額が、サラリーマンの生涯年収の数倍、時には数十倍になるというのは夢のような話です。これは60年代に始まった音楽バブルであり、それが60年も続いたために当然のことのように思い込んでいたのではないでしょうか。
音楽バブルが長く続きすぎたために、音楽業界はバブルに合わせたビジネスモデルを構築し、安泰だと思っていたのでバブルが弾けて右往左往しているように思います。アメリカの音楽業界は、一地方でしかヒットしなかった音楽をラジオの発達によって州全体、全米へとヒットするエリアを広げ、ビートルズ以降は先進国の国家間で市場を拡大しました。80年代には新興国に、90年代は東欧にも市場を広げ、ついに広げる先がなくなってしまったのです。
 

まとめ

このまま音楽業界は衰退するのでしょうか?それは誰にもわかりません。依然として音楽は魅力的であり、人を動かす力を持っています。ですから私は衰退することによって起こるメリットも感じています。この数十年の間、音楽を有名になるための手段や金銭を得るための手段として使う人が多くいましたが、これからは音楽でしか生きられない、音楽を止めたら生きられないという切実な人だけが残るように思います。儲からないなら音楽を辞めるというのではなく、貧乏になろうが音楽への渇望を止められない人だけが音楽を表現し、それ以外はネットのボカロブームのような素人の遊びとしての音楽が広まるように思います。
 
現在の音楽業界に生きている人にとっては死活問題であり、そんな気楽なことは言っていられないでしょうが、1人の音楽ファンとしては、そのような未来を感じてしまうのです。

マイケル・ジャクソンが愛したローファー /G.H.BASSの魅力

私はローファーを一足も持っていません。足に合うローファーに出会ったことがないからです。唯一履けたのは、J.M.ウェストンの超タイトフィッティングで、お値段もすごければ足も痛いで、さっさと諦めました。今回はローファーの元祖と言われるG.H.BASS(バス)のお話です。とってもお安い革靴なんですよ。
 
 

歴史

ジョージ・ヘンリー・バスという人物が、片田舎の工場を買い取ったことからブランドが始まります。1876年にG.H.BASSと名前を変え、靴の製造を始めました。
 
 
第一次世界大戦では、アメリカ軍のパイロットブーツを納めるまでに成長し、南極探検隊のブーツなども手がけます。そして1950年代に、ウィージャンズと呼ばれるローファーを発表しました。つま先にも踵にも芯がなく、マッケイ製法で作られたこの靴はアイビーリーガー達に高い支持を得ました。60年代には日本でもアイビーブームの際に、ウィージャンズは大ヒットしています。
 
 
低価格で可能な限り良い靴を提供する方針のもと、現在では向上をアメリカ国外に移して展開しています。接着剤を使ったセメント製法が全盛の現在、今でも靴底を縫い付けて、わずか1万円代で提供する稀有なメーカーです。
 

マイケル・ジャクソンの靴

フローシャイムなども使用していたマイケル・ジャクソンですが、G.H.BASSが大好きだったようです。オールデンのような高級ブランドを、毎年のように全色買っていたと言われても驚かないマイケルですが、安価なG.H.BASSを愛用していたところに好感が持てますね。
※ヒット曲「ビリー・ジーン」でもBASSが使われました。
 
そもそもマイケルはお洒落なタイプではなく、ファッションとしての服や靴には関心が薄かったようです。しかしダンスのパフォーマンスに関わるとなると、とても繊細で注文か多かったようです。そんなマイケルがG.H.BASSのウィージャンズを愛用していたというのは興味深いですね。
 
 

靴の種類

ウィージャンズ:ローファー

G.H.BASSの看板モデルで、バスといえばこのローファーです。軽くて履きやすく、値段の安さから人気です。カラーバリエーションも多く、レディースモデルもあります。



ウィージャンズ:タッセル・ローファー

アメリカの弁護士などがよく履いている、タッセル付きのローファーも定番です。普通のローファーは学生っぽいと思う人に、こちらは人気ですね。



サドルシューズ
最近は見かけなくなったサドルシューズもあります。オールドアメリカンスタイルが好きな方には、たまらないスタイルです。



スエード・オクスフォード

ローファーが苦手な人には、コチラの方が良いでしょう。外羽なのにオクスフォード?という気もしますが、オクスフォードと表記されています。


他にも多くの種類があり、ブーツなども豊富な種類があります。しかし日本で売られているのは、上に挙げたものをよく見かけます。どれも1万円台で売られていて、手頃な価格になっています。

まとめ

長い間1万円台を維持していることを考えると、驚異的な企業努力を続けているのだと思います。60代の人に聞くと、70年代はリーガルの方が値段は安かったそうです。今ではリーガルより安く買えるのですから、驚くべきですね。


ここまで安い靴なので、特筆すべきような点はありません。しかし根強いファンが多いのも事実で、気楽に使えるのが魅力なのだと思います。普段履きの一足として、あっても困らない靴ですよ。

日本テニス協会が変わった日 /改革の英断と次の飛躍へ

世界ランキング4位という輝かしい実績を残した伊達公子は、引退と同時に子供テニススクールの重要性を痛感していました。海外の強豪のほとんどは、幼年期に才能を見出されて英才教育を受けています。日本では子供がテニスに触れる機会が少なく、才能を発掘する場がありません。「カモン・キッズテニス」は、伊達にとって日本テニスの未来を見据えた重要な企画でした。しかし日本テニス協会は、協力を求める伊達にあっさりとノーを突きつけました。
日本テニス協会名誉会長の眞子内親王

日本テニス協会の役割

1922年に「日本庭球協会」として発足したテニス協会は、日本のテニス大会を統括してきました。テニスが貴族のスポーツだったことから、皇室関係者にもテニスに熱心な方が多く、日本テニス協会と古くから親交がありました。
ウインブルドンでベスト4に入った日本人、清水善造
伊達の子供向けテニス教室の提案を聞いたある役員は、伊達にこう言い放ったといいます。我々の仕事は宮家の方々のお相手であり、子供に教えることではない。伊達は深く失望し、単独でスポンサーを募りながら全国を回って小学生以下の子供を中心にテニスを教えて全国を巡ります。
 

テニスブームの終焉

1990年代前半は、テニスブームともいえる状態でした。チケットが売り切れる大会が多くあり、会場はファンの熱気で覆われていました。しかし伊達公子や松岡修造といった人気選手が引退すると、ファンの足は急速に遠のいていきました。
※96年ウインブルドン準決勝に挑む伊達とグラフ
ウインブルドンベスト8に進出した松岡修造
特に男子は深刻でした。女子は伊達公子に続いて杉山愛や遠藤愛(まな)などが台頭してきていましたが、男子は松岡修造に続く選手が現れていませんでした。日本テニス協会は、テニスブームが起こったのではなく、松岡や伊達などワールドクラスで戦う選手のブームだったと痛感します。かつて数万人が炎天下の中で熱狂した東レ・パンパシフィックオープン、伊達がグラフを下して会場が破裂せんばかりの興奮に満ちたフェド杯でも、閑古鳥が鳴く有様でした。
 

改革の決断

改革が難しいのは、改革によって利益を得る人が見えにくいのに対し、不利益を被る人はハッキリしていることです。ワールドクラスの選手を育てるための改革を始めるとなると、伊達に宮家のお相手だけしてればいいと言い放つような役員の居場所は無くなります。しかし誰が得をするのか、改革を始める時点ではわかりません。だから改革は常に抵抗にあいますし、邪魔をする身内が現れます。
 
日本テニス協会内部で、どんな話があったのかは不明ですが、会長職を盛田正明氏に託すことが発表されました。テニス経験がなく、ビジネス畑の門外漢である盛田氏に、テニス協会は舵取りを任せたのです。これは大英断でした。盛田氏自身も、会長職の打診があった時には驚いたそうです。
※盛田正明氏(右)
ソニー創業者の盛田昭夫氏の弟であり、ベータマックスの開発やソニー・アメリカの会長、ソニー生命保険の会長を歴任した盛田正明氏が学生時代に打ち込んだのはバレーボールでした。
 

盛田正明氏とテニス

一方で盛田氏はテニスのファンでもありました。ジミー・コナーズモニカ・セレシュと個人的な親交があり、時間が許せばテニス大会を観戦しています。アメリカのテニス界ではちょっとした顔であり、熱心なファンとして知られていました。
※四大大会を通算8度制したジミー・コナーズ
ソニー生命時代には「ソニーライフ・カップ」を打ち上げ、アメリカと日本のプロ対抗戦を実現しました。生粋のテニスファンであり、経営のプロである盛田氏の手腕に日本テニス協会は、命運を託したわけです。
 

盛田正明氏の改革

国内の大会を改めて視察した盛田氏は、閑古鳥が鳴く会場に落胆します。欧米のテニス大会は家族連れか集い、朝からワクワクした空気に包まれているそうで、大会運営を根本から考える必要を感じました。さらにテニスが大好きなひとの意見だけを取り入れると、テニス村の内輪の盛り上がりに偏ると思い、サッカーの三浦知良氏など、テニス界以外の人の意見を募ります。
 
そして最大の問題は若手の育成です。世界のトッププロは、幼少時代から英才教育を受けています。なるべく早く才能を見つけ、良質な環境で才能を開花させる必要があります。盛田氏は旧知のIMGアカデミーに、日本の才能ある選手を留学させることを検討します。

 
IMGアカデミーは、アンドレ・アガシマリア・シャラポワを輩出したことで有名な、アメリカの名門アカデミーです。海外留学となると、親としては心配も多いので高校生を選抜して留学させることを検討しましたが、「それでは、あまりに遅すぎる」とアカデミー側から言われ、中学生の留学を中心に計画しました。
2003年、盛田氏は私財を基金にしてファンドを立ち上げ、盛田テニスファンドと名付けました。留学する際に、盛田ファンドの選手と名乗るのではなく、それまで所属していたテニスクラブを名乗るように盛田氏が勧めたため、盛田ファンドの知名度は低いままでした。盛田氏は自身のファンドが有名になるよりも、選手が飛躍した時に全国のクラブの指導者が自信を深めるように、元のクラブ名を名乗らせたのです。
 

錦織圭の躍進

盛田氏がテニス協会会長に就任した時に、テニスの素人に運営を託す危うさを指摘する声もありました。また盛田・テニス・ファンドも、素晴らしいこととしながらも長続きするのか不安視する声もありました。
しかし盛田ファンドによって留学した錦織圭の躍進によって、そんな声は一掃されました。盛田氏の先見性と、私財を投じてまで選手育成に掛けた情熱は絶賛され、国際的な評価が高まりました。盛田氏は自分が有名になっても仕方ないと、ご不満のようですが、盛田ファンドの留学を希望する選手は一気に増えました。
 

さらなる改革へ

2018年、日本テニス協会は、コーチの海外輸出を推進すると発表しました。優れた選手を輩出するには、国内に良いコーチがいることが重要です。日本はコーチの質は高いと自負しながら、国際的な潮流に遅れがちな面があり、それを解消するためにコーチに海外経験を積ませようというわけです。
 
錦織圭の活躍に湧いたテニス界は、決して安泰ではありません。男子は錦織圭に続く選手がなかなあ現れませんし、女子に至っては38歳でカムバックした伊達公子が、国内選手を総ナメにしてしまう衝撃に襲われました。勢いのある10代の選手が、オバちゃんのアンティークな技に翻弄される様子は、若手の自信を奪いかねない劇薬でした。これを超えなければ次の飛躍はないのです。日本のテニスが、今後どのような飛躍を遂げるか見守っていきたいと思います。



マイケル・ジャクソンが愛したローファー /G.H.BASSの魅力

私はローファーを一足も持っていません。足に合うローファーに出会ったことがないからです。唯一履けたのは、J.M.ウェストンの超タイトフィッティングで、お値段もすごければ足も痛いで、さっさと諦めました。今回はローファーの元祖と言われるG.H.BASS(バス)のお話です。とってもお安い革靴なんですよ。
 
 

歴史

ジョージ・ヘンリー・バスという人物が、片田舎の工場を買い取ったことからブランドが始まります。1876年にG.H.BASSと名前を変え、靴の製造を始めました。
 
 
第一次世界大戦では、アメリカ軍のパイロットブーツを納めるまでに成長し、南極探検隊のブーツなども手がけます。そして1950年代に、ウィージャンズと呼ばれるローファーを発表しました。つま先にも踵にも芯がなく、マッケイ製法で作られたこの靴はアイビーリーガー達に高い支持を得ました。60年代には日本でもアイビーブームの際に、ウィージャンズは大ヒットしています。
 
 
低価格で可能な限り良い靴を提供する方針のもと、現在では向上をアメリカ国外に移して展開しています。接着剤を使ったセメント製法が全盛の現在、今でも靴底を縫い付けて、わずか1万円代で提供する稀有なメーカーです。
 

マイケル・ジャクソンの靴

フローシャイムなども使用していたマイケル・ジャクソンですが、G.H.BASSが大好きだったようです。オールデンのような高級ブランドを、毎年のように全色買っていたと言われても驚かないマイケルですが、安価なG.H.BASSを愛用していたところに好感が持てますね。
※ヒット曲「ビリー・ジーン」でもBASSが使われました。
 
そもそもマイケルはお洒落なタイプではなく、ファッションとしての服や靴には関心が薄かったようです。しかしダンスのパフォーマンスに関わるとなると、とても繊細で注文か多かったようです。そんなマイケルがG.H.BASSのウィージャンズを愛用していたというのは興味深いですね。
 
 

靴の種類

ウィージャンズ:ローファー

G.H.BASSの看板モデルで、バスといえばこのローファーです。軽くて履きやすく、値段の安さから人気です。カラーバリエーションも多く、レディースモデルもあります。



ウィージャンズ:タッセル・ローファー

アメリカの弁護士などがよく履いている、タッセル付きのローファーも定番です。普通のローファーは学生っぽいと思う人に、こちらは人気ですね。



サドルシューズ
最近は見かけなくなったサドルシューズもあります。オールドアメリカンスタイルが好きな方には、たまらないスタイルです。



スエード・オクスフォード

ローファーが苦手な人には、コチラの方が良いでしょう。外羽なのにオクスフォード?という気もしますが、オクスフォードと表記されています。


他にも多くの種類があり、ブーツなども豊富な種類があります。しかし日本で売られているのは、上に挙げたものをよく見かけます。どれも1万円台で売られていて、手頃な価格になっています。

まとめ

長い間1万円台を維持していることを考えると、驚異的な企業努力を続けているのだと思います。60代の人に聞くと、70年代はリーガルの方が値段は安かったそうです。今ではリーガルより安く買えるのですから、驚くべきですね。


ここまで安い靴なので、特筆すべきような点はありません。しかし根強いファンが多いのも事実で、気楽に使えるのが魅力なのだと思います。普段履きの一足として、あっても困らない靴ですよ。